テーマは意識的に摂らないと不足しがちな水溶性ビタミン“葉酸”です。
栄養生化学研究室の 細川 優 先生にご教授いただきました。
「葉酸との出会いと葉酸バーガー」
食生活科学科
細川 優
葉酸は、ラテン語で「葉」を表す「folium」 にちなんで「folic acid(葉酸)」と名づけられた水溶性ビタミンです。英国の内科医ルーシー・ウィルは1930年代の初めに、インドにおいてとばりの状態で生活している妊婦の間にひどい貧血があることを記述しました。これらの妊婦は、緑黄色野菜や果物を欠く制限された食事を摂っていたそうです。ルーシー・ウィルが報告した貧血(現在の「大球性貧血」)は、妊娠による葉酸必要量の増大によって起こることや、妊娠期に葉酸の必要量が増大する機構が半世紀後に明らかにされました。
私が「葉酸」に興味をもったのは、前職である国立健康・栄養研究所母子健康・栄養部に在籍中のことですが、厚生労働省が2000年に通達した「先天異常の発生予防」と題したガイドライン作りしたのをお手伝いしたのがきっかけです。胎児の脳・神経系は、妊娠の早い時期に、神経管と呼ばれる中空の管状構造が形成され、脳と脊髄が発達します。神経管閉鎖障害とよばれる先天異常は、神経管の癒合不全によって脊椎などに異常が発生する病気で、下肢の運動機能や排泄機能に異常が発生します。欧米では、神経管閉鎖障害の発生率が高かったという歴史があることから、神経管閉鎖障害の発症原因について精力的に研究が行われてきました。その結果、妊娠の初期における葉酸の摂取不足が神経管閉鎖障害発症の危険因子となることが分かってきました。多くの研究の結果を受けて、アメリカ、カナダ、イギリス等では、神経管閉鎖障害発生の予防を目的としたガイドラインを定めるとともに、穀類への葉酸添加も行うようになりました。
一方日本では、神経管閉鎖障害の発症率が低かったことから、特に措置は講じてきませんでした。しかし、近年になって日本においても神経管閉鎖障害の発生率が高くなってきたことから(2009年現在 10,000出生に対して約5例発症)、2000年に厚生労働省はガイドラインを策定し、妊娠の可能性がある女性に対して、サプリメントによる1日400μgの葉酸摂取を推奨するようになりました。
私は、2001年4月に実践女子大学に赴任しましたが、翌年から食生活科学科の学生さんを対象とした葉酸栄養に関する調査研究をスタートさせました。10年にわたる葉酸研究の結果では、学生さんの葉酸摂取量は徐々に減少しています。その原因の1つは、食事量の少なさにあります。葉酸は、表1に示すように、植物性食品では枝豆、ほうれん草、アスパラガスなどの豆類や野菜類に多く含まれています。食事調査の結果でも、摂取する葉酸の40%弱は野菜類から摂取しているのが現状です。「健康日本21」では、野菜類は1日350g以上、緑黄色野菜は1日120g以上を摂取することを目標としています。しかし、学生さん達の野菜類、緑黄色野菜の摂取量は、目標量の約半分程度にとどまっています。当然の結果ですが、野菜、特に緑黄色野菜を多く摂取している学生さんは、それと比例して葉酸の摂取量も多くなっています。食事量の少なさとともに、野菜の摂取不足が葉酸摂取量減少の一因になっていると考えています。
研究室では、常磐祭を利用して、葉酸の認知度、葉酸に関する知識及び葉酸摂取に対する日頃の意識を知る目的で、女性を対象としたアンケート調査を実施しました。葉酸の認知度を年代別にみてみると、10歳代や20歳代より30歳代以上の女性で、認知度が高くなっていました。これは、妊娠を経験したことのある年代ということも関係しているのかもしれません。また、葉酸に対する情報源は、30歳代以上の女性では、学校の回答が最も多いのですが、以下雑誌・本、広告、医療機関、家族・友人、インターネットの順番になっており、年代が高くなると医療機関で知ったとの回答も多くなっていました。
研究室では、葉酸の重要性を啓蒙する目的で、学生が行った葉酸に関する研究の展示と葉酸バーガーの販売を行っています。
写真はその時のものです。葉酸バーガーは、木綿豆腐をベースとして葉酸を多く含む枝豆とほうれん草をふんだんに使うことで、カロリーを抑え(357kcal)、1日に必要な葉酸の約半分(132μg)を摂取できる代物です。葉酸以外に、βカロテン(1,996μg当量)とカルシウム(173mg)も多く摂取できます。「ボリュームがあって、うまい」という評判を得ました。
葉酸バーガー以外に卒業研究では、若い女性を対象に葉酸を多く摂ってもらうための試みとして、メニューの提案も行いました。写真は、その代表的な例です。
メニューのコンセプトとしては、①普段の食事に1品付け加えることができるような簡易なメニューであること。②1品で100μg以上の葉酸が摂取できること。③女子大生の嗜好に合っていることです。「ほうれん草」のお浸しは、153μgの葉酸を摂ることができます。「温野菜サラダ」は、季節にこだわらず通年向きのメニューで、122μgの葉酸とともに、ビタミンCも多く摂ることができます。この他、夏向きメニューの「ネバネバサラダ」や冬向きめメニューの「野菜の煮物」などがあります。今後機会があれば、これらもご紹介したいと思います。